2017年2月20日月曜日

恐怖の魔笛-その3

帰る前に、練習室を片づけなければならない。

そう思っていた矢先の事である。

取り仕切っていると思われる女の人が、「合唱の人は集まってくださーい」と、招集したのだ。

マウスキー達は内部の事はよく分からないので、この人が取り仕切っている人なのだろう、そう確信して、他の人たちと一緒について行く事にした。

呼び出された場所は、施設内のロビーであった。

一体、何の用事なのだろう。

みんなが忙しく片づけている時に、わざわざ呼び出す緊急の用事とは何事だろうか。

なかなか周囲の慌ただしさが気になり、話に集中できずにいたところ、なんと、その女は子分的な若い男女を従えてさらに話を進めだした。

「やっぱり、ゾンビのタイミングが合わないのよね」──と。

嘘だろ・・・

耳を疑ったのだが、そんな我々の困惑をものともせずに、合唱団たちはゾンビについての話し合いを始めたのである。

ゾンビの動きはあーで、こーで、こーだと思う。
ゾンビの位置的には、こうなんだよね。
ゾンビとして立ち去る時の立ち去り方がイマイチ。

驚くことに、軽く15分はゾンビ談義で過ぎていった。

いや、おかしくないか?

合唱団でまともに音も取れてないのに、果たしてゾンビの事で15分も話し合う必要があるのだろうか?

ゾンビ以前に、まずする事があるではないか。

そんなマウスキーの驚愕と困惑、憤りなどは彼らの歯牙にもかからないものらしく、どんどんとエスカレートしていった。

「ちょっと、ゾンビの演技を今やってみよう」

こんな、土足で人々が歩いているような、ロビーに、這いつくばれと?・・・かなり嫌なんですが・・・

そう思っているが早いか、みんながその場に這いつくばってゾンビになるのが早いか、そんな状況であった。

ここでゾンビになれば、早く切り上げてもらえるかもしれない。

こんな切ない希望を抱いたマウスキーは、早く帰りたい一心で、嫌々その場に適当に屈み、奴らが満足するまで付き合おうとした。

永遠に続くかと思ったゾンビの再演は終了し、これで終わったと思ったのだが、更に驚愕する結果となった。

なんと、先ほどみんなでロビーで演じたゾンビに、取り仕切り女がダメだしし始めたのだ!

どこまで続くんだ、このゾンビの話は!!

更に10分は経過したと思う。

もはや、気絶寸前だったマウスキーの元に舞い降りたのは、ソリストのN先生だった。

N先生は、合唱はそもそもこんなところで何をしているのか聞きに来て、確認したい事があるので困ってるから、さっさとしてくれ、と言ったような内容を言い残し、その場を去って行った。

マウスキーの目にこの時初めてN先生が天の使いのように思えた事は言うまでもない。

一瞬のうちにゾンビ談は終わり、取り仕切り女も要約諦めて連絡事項を確認するため、合唱団を解散させてくれたのである。

歌う気があるのか、ないのか分からない人たちだったが、とりあえずは練習室に戻った。

そこで見た光景とは、信じがたいものだった。

ソリストの方々が、練習室に出ていたパイプ椅子やテーピングを片づけていたのである。

嘘だろ・・・そんなの、人数がたくさんいる合唱の仕事じゃないか!

そう、無駄に頭数だけある合唱団は、片付けをサボってゾンビごっこしていたのだ!

急いで片付けに参加したものの、再び穴があったら入りたいほど情けない気持ちを味合わされる事になったマウスキー姉妹だったが、肝心の取り仕切り女は平気の平左であった。

そうか、人の心は持ち合わせないのか、ゾンビ女、そういう事か・・・。

そう思い、納得しようとしたのだが、更に驚愕する真実を後日知る事になった。

ソロを歌い、内部関係者でもあった友人のTomokoさんに聞いたところ、「あの取り仕切り女は、別に合唱団を取り仕切ってる人じゃない」というのだ。

取り仕切ってるわけでもないのに、あいつ、取り仕切ってる顔をして、合唱団全員をロビーに這いつくばらせ、ゾンビにさせただけではなく、片づけをサボらせる共犯に仕立て上げたというのか?!

本当に、正直ゾッとしましたね。

ただ、分かった事が一つ。

合唱を志す人間にとって、空気を読めない人間は必要ないのだ。

空気を読めない奴は、ハーモニーを奏でる事は皆無である。

そういう事だ。

今度から「ゾンビ練習しますよー」とか言っても、あいつのいう事は無視に決定だ、そう、沈黙の試練をすればいいだけの事だ。

そのように心に決め、マウスキー達は残りの練習を頑張って参加させてもらった。

そして、本当の恐怖が待ち受ける、本番当日を迎えたのである──。

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